綾瀬はるかのICHIが呼び覚ました高橋竹山に表現者の真髄を観た

高橋竹山という津軽三味線のレジェンドがいる。

盲目の運命と逆境を己の芸ひとつで切り開いた人物である。

幼い頃いじめに逢うつらい日々を乗り越えさすため

親が自立のために与えた機会こそ、三味線だった。

圧倒的な身体的ハンディを、己の腕一本で瞬時に逆転凌駕するさまは

盲目のヒーロー座頭市と相通づるものがある。

なぜ、高橋竹山の三味線に惹かれてしまうのか

極寒の地、津軽の門付から生まれた魂が叫ぶ旋律だからである。

点々放浪し出逢う家々の門口に立つ。三味線をかき鳴らし金品を受け取れればいいが

散々弾いたあげくに、居留守をつかわれることは当たり前。

米の代わりに水をぶっかけられ

罵詈雑言を浴びせられ「帰れ」と怒鳴られ

鋼のような生命力は鍛えられるばかりである。

しかしながら、高橋竹山曰く

この経験をもってしてもその経験に感謝。

そのときのことを思い出し「すみません」と言う心境であることを回顧されておられた。

当時の罵詈雑言を、至らない自分への叱咤激励として昇華される境地に

克己心の真髄を観た思いがした。

全ての経験があなたの芸の肥やしである

そう語ってくる迫ってくる高橋竹山がいる。

生きるためとは言え、過酷な生業から生まれた音は

聞くものの魂と本能にダイレクトに突き刺さる。

逆境から放たれる閃光のオーラは、虐げられた者の魂の叫びであり、生きる咆哮そのものだ。

常識的世間体の予定調和を瞬時に破壊しながらも

慈愛ある懐深い音色。

体験、体感から生まれる真実の音である。

やはり、芸事はその人の魂から直接響くものでないと共鳴しないものである。

なんで、座頭市と高橋竹山がリンクして私に迫るのか?

性別は違えど、門付巡業を主として生業とした盲目の女旅芸人(瞽女)を題材にした映画

綾瀬はるか主演のICHIという映画と出会ったからである。

この主人公こそ、座頭市と高橋竹山をあわせたような設定。

何も期待せずに観たが、綾瀬はるかの演技力と存在感と殺陣さばきが圧倒的にすごい。

この主人公を演じる綾瀬はるかを観たことで、印象逆転目からウロコである。

人間の情念を言葉よりも先に肉体で伝えることができる稀有な存在。

シリーズ化してもらいたいぐらいのはまり役である。

殺し屋の美学を己の存在感とともに、スクリーンたたきつけることができる数少ない女優さんだった。

この路線でのしびれる展開を期待したい。

とめどなく、まとまりのない文章かもしれないが

表現する身として、すこしでも近づいていきたい存在と出逢うことは

同じ人間として大いなる喜びでもあり、真の生きる力を与えてくれる畏敬の存在である。

そうなりたいものである。

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BloggerX(元行政書士・元ラーメン屋さん広報部) こんにちは!ご覧いただきありがとうございます。 ブログで人生の可能性を広げられることをリアルに書いていきます。 まずやってみる。 自分がやって失敗しても、修正して、また行動する。 やってから考えるなかで、失敗しないネットビジネスのやり方、ブログのつくり方を伝えていきます。 現在進行形で人生を再生するブログ術は、本当に可能なのか?自ら公開検証することで、みなさんの一助になれば幸いです。