コロナが蔓延する世の中で、営業道に邁進し、我が道を進むのはいいとして
休憩室にも行けず。福岡城のお堀の前で、枯れた蓮の花を目にしながら
靴下を脱ぎ、裸足になり、身体にたまった静電気を放電す。
ああ、これぞアースや。まさに地球やないかい。
誰も聞かない洒落を押し殺しながら
そんなひとりごとをつぶやきもせず、
大地に触れたときの開放感。
ご成約いただいた感謝を噛み締めながら
いっ時の充実感が、たまりません。
煙草なんぞ吸わなくとも空気がおいしい。
素味、素面の向こう見ず。
んー俺はいったい何をやっているんだ?
そうお思いでしょうが
そうです。変なやつほど
実はまともな行動をとってたりするもんです。
はたから見れば
変な裸足のおっさんですが
いいんです。
不器用ですから。
そんな健さんの言葉を借りるならば
人としてのあり方が
スクリーンに転写される隠せない神秘。
そんな核心に、誰よりも気づき
極め尽くした役者魂ではなかったか?
そんな謎の答えを、仕事の中で
突きつけられる日々。
高倉健という役者ではなく
高倉健という内面から派生する
惹きつける力。
人が役を超えていく。
語らずとも、成立してしまう
存在感の極み。
その御方が同じ郷里福岡出身であることに思いを馳せ
誰に合わずとも、思い出される人物とは
やはりスター以外何者でもない。
衆目をあやつる目線、所作、セリフ話芸。
日本人が世界に誇る魅力まで
考えさせられるスケール感。
そんな俯瞰を、休憩の合間に体験しちゃったりするのは何故か
しびれる漢だからです。
高倉健という名の電気信号を充電し
ふと営業って生業を
見つめ返す日々。
時代が時代なので、今更任侠映画ってお思いでしょうが
忘れかけていた日本人の情念ってものを
理屈抜きに呼び覚まします。
皆様いかがお過ごしでしょうか?
コロナ禍以後、人様とお会いして話す機会も減るばかりですからね。
また、ふと思う他愛もないことなんぞ書いてみるのも
いいかなと。
どうしようもない
私はスクリーンで健さんを見て
背筋が伸ばされる日々を過ごしたりしております。
たまーにお付き合いいただけると
幸いです。
それではまた
不器用ですから
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